450日目 : 自己肯定感
あけましておめでとうございます🎍
ガーナ生活も残すところ あと9ヶ月となりました。
何もかもが初めてで新鮮だった隊員生活1年目とはまったく様子が変わり、いろんなことが2回目、毎日が光の速さで過ぎ去っていく2年目。ぼやっとしていたらあっという間に 帰国 に辿り着いてしまう。。。
あの頃のフレッシュな気持ちもブログ更新の意欲も一体どこへいってしまったのやら。。。
ま、とりあえずは、大きな問題もなく生きてますのでご安心ください。
年末年始は今年もガーナ国内旅行。
今年は 海 で過ごしました。
年越しカウントダウンのビーチでは、たいまつ🔥と、花火〜〜!
星空もけっこう見えました。(デジカメの限界)
そして初日の出が、冒頭の写真。
ハマターンで空が霞んでる影響か、水平線から昇る太陽は見られませんが まあ いいでしょう!
新年といえば 書き初め。
去年もやったなぁ〜とふと思い出し、今年は砂に書こう!と枝を手に持つまではよかったのですが、なかなかスッといい言葉が思い浮かばなかばず…
そんな今年の書き初め ばばんっ!
自分を肯定する
という意味が強いですかね。
去年をふり返ると、隊員として活動しながら日々の生活を送るなかで、自己肯定感について考えることがとても多かったなぁと。
自己肯定感とは、自らの在り方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉
(某Wikipediaより抜粋)
自分で自分を評価するって、すごく難しくないですか?わたしは 超苦手 です。
(ちなみに去年の書き初めは「自律」でしたがそれも根本は同じ悩みかもしれない)
隊員の活動というのは、目標設定や活動計画、成果物も評価方法も、ぜんぶぜーんぶ自分で好きなようにできるんですよね。
だから、甘えようと思えばどこまでも自分に甘えられるし、逆にストイックにやればどこまでもストイックにできる。
例えるなら、監督も選手もぜんぶ自分ひとり。練習スケジュールや内容も自分で決めて、その結果として地区大会優勝で大喜びしてもいいし、全国大会で優勝するまでは血みどろの練習を続けてもいい。
私はというと、根っこでは自分にめちゃくちゃ甘いけれど、他人の目があると頑張っちゃうタイプ。ここまでできたら合格だよ、と目標を提示してもらえさえすれば、それに沿ってだいたいのことは対応できるタイプだと自認しています。
そして、これまでの人生は、他人から評価される世界でしか生きてこなかった気がします。だから学校や会社ではうまいこと過ごせるタイプの人間でした。
でも今は全く違う。
やるもやらないも 自分。
そんな自分を肯定するも否定するも 自分。
前述のとおり私は根っこではめちゃくちゃ自分に甘い人間なので、自分にストイックに負荷をかけることがなかなかできない。けれどストイックに頑張るほうが他人から評価されるんだろうな、とは思うし、そういう人に憧れているのも正直なところ。
その結果、自分の活動に対しては基本的に全く自信がなくて、あぁまた甘えてサボってるなぁと罪悪感や自己嫌悪感を抱くことが多いのです。
でも実は考え方を変えるだけで、いやいや私にできることはこれでじゅうぶん!100点はなまる!とも取れるんですよね。
はたまた、設定する目標が高すぎたり、自分に対する評価が厳しすぎたり、そもそも自分に高望みしすぎてない?と見直すこともできる。
そしてたぶん、どの考え方も間違いではないし、明確な正解なんてものはないんだと思います。
前にもどこかに書いたかもしれませんが、実は半年を過ぎたあたりから、いろんなことに対して意図的にハードルを下げました。相手にも自分にも期待しない。「そんなに頑張らなくていい」ことにしてみました。
すると、色んなことが、まあ ええか〜になって、少し肩の荷が下りたような感覚でした。
思ったように動けない自分も、まあ ええか〜
お前昨日と言ってたことと違うやん?まあ ええか〜
休日にやろうと思ってたこと何も出来なかった、まあ ええか〜
という具合に。全国大会は1回戦敗退でも、地方大会優勝できたことを喜ぶことにしたんですよね。
これが 良いのか、悪いのか、未だに自分でもよくわかりません。
結局甘えているだけで、ぬるま湯に浸かり続けているだけかもしれません。でもね、正直わたしはぬるま湯が大好きなんです(笑)。 ぬるま湯でぬくぬくしているときがいちばんのびのびできるんだから、それでもいいのかな、それが自分らしさなのかなって思うようになりました。
(ぬるま湯なんて必要ない人もいるし、水風呂で頭を冷やさないとエンジンがかからない人もいるだろうし、我慢して熱湯を耐えることが楽しい人もいるでしょう)
うーん、まとまらない話なのでこのへんで強制終了しますw
さて、あと9ヶ月で何ができるかな。
やるもやらないも 自分!
そんな自分を肯定するも否定するも 自分!